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2014年12月29日

勇気を出して初めての犬山城

距離的に近いからなのか、すっかり見逃しがちだったお隣の愛知の城を巡りたい!とプチ城巡りを思いついた今年の夏〜秋。
秋の頃になりますが、水面に浮かぶ白帝城とも称される国宝「犬山城」へと行って参りました。


犬山城界隈はさすが観光地、国道からドライブしてもアクセスは分かりやすく、駅や駐車場から城下までは少し歩きますがそれもまた風情があります。

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スマホでも公式観光ホームページが見やすくていい感じ。
この丁寧な観光案内っぷりにも思わずテンションが上がります。


駐車場から車道を抜け、観光客さんたちも頻繁に行きかう中、緩やかな坂道を登っていよいよお城に到着。

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爽やかで気品がある!これが国宝犬山城…!!

天守へ続く石階段や、門をくぐった先の小庭園も丁寧に整えられていて、お客様をお迎えする手慣れた雰囲気に感心させられます。

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渋い感じの木造の床や柱に、城内からも間近で見れるむき出しの石垣、「石落とし」や「武者走り」なんていう敵除けのシステムももちろん当時のままを確認できて、現代人からすると手狭な城内や急こう配の階段など、歴史的建造物だからこそ味わえるプレミア感が凝縮されていますね。

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この風景を見るために犬山城へやってきた。

岐阜県側から眺めると「川向かいのお隣の愛知県のお城」といった距離感もあった犬山城ですが、犬山城から展望すると今度は逆に岐阜県に距離を感じて見る事が出来るのがスゴイ。
こういう「実際の地理感覚」のリアル体験ができるのが、史跡巡りの醍醐味だと思っています。
リアルの風景を前にすると、私のような小市民でも思わず一人軍略モードに・:*:・(*´∀`*)・:*:・

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この木曽川の向こうは美濃の地か…
是非ともここ犬山を攻略の拠点としたいものよのう…
(という妄想)


まあ、妄想はいいとして(ええんかい)この犬山城。
江戸時代に徳川家臣であった成瀬さんが拝領して幕末まで伝える以前の戦国時代では、ザ・犬山城城主といった武将の方は特におりませんでした。
犬山城の性質が「戦略上の重要拠点」であるがゆえか、わりと色々な(大人の)理由で城主が定まらなかったようで、織田方や豊臣方で色々な武将が城を受け持ちます。

さかのぼれば天文6年(1537年)、織田信長の叔父である信康が築城したのが始まりとされますが、信康戦死後は子の信清が受け継ぐも信長に反抗したため攻め入られ、その後には信長の乳兄弟である池田恒興が入城いたしました。

時は、織田軍による美濃攻略戦まっただ中。
美濃の戦国大名、下剋上の雄であり信長の義父でもあった斎藤道三が、子・義龍によるクーデター「長良川の戦い」で命を落とし、織田VS斎藤の情勢はさらに緊迫化していきます。


-----------------【突発犬山城マンガ】-----------------

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※クリックすると原寸サイズで開きます。
(ちょっと大きいです)
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木曽川を挟んで北向かいは、すっかり美濃の勢力圏。
この一帯は岐阜県の各務原市といいますが、こちらには美濃の拠点がガッツリ点在し、斎藤氏側の豪族たちが治めておりました。

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川を挟んで真向いの城が敵同士というのが、戦国らしいというかラダトームと竜王の城の関係というか(?)


その後も頑張る武将が軍功上げたり、秀吉がお得意の調略で拠点を落としたり、父・信秀の時代から数えて足掛け20年、実に斎藤&織田三代に渡った美濃攻め戦記
まさに地元民の一大歴史イベントなのですが、この犬山城を舞台にしてもその一幕が繰り広げられていたのですね。


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そんな歴史のしみじみもありながら、商店街で食べ歩きしたり、犬山祭のからくりに素で感心したり、有楽苑&如庵でお茶とお菓子を頂いてまったりしたり、簡素な視察オンリーになりがちな史跡巡りでありながら、さすがの観光スポットの数々を十分満喫させて頂けたのも、犬山の魅力の一つでした。

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しかし基本は花より団子、次は必ず犬山美味しいものスポットをチェックして参戦したいと思います。
( `・ω・´)ノ犬山グルメ巡りじゃ〜


犬山城のコラムを最後までお読み頂き、ありがとうございました!



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