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2015年01月11日

勇気を出して初めての三木市史跡(1)

前回のコラムから引き続いての秋の兵庫旅は世に言う中国攻めのハイライト、たくさんの歴史ドラマも生まれた「三木市の史跡」へ行って参りました。

旅もいよいよ終盤、前日には有馬温泉で英気を養いアクセスに便利な三宮駅からレンタカーを借りていざ三木市へ!
神戸市と三木市は隣同士だし、車を利用すれば史跡巡りもしやすいだろうし〜街中だし何とかなる〜ヽ(・∀・)ノ

何とかなる気楽さがまったくなかった。

アップダウンを繰り返す坂道・山道にも普通に住宅街が軒を連ねており、初めての道とレンタカーのぎこちなさも相まってスゴイ緊張感
これまでも史跡巡りでは車を利用しており、とんでもない山奥やらヘアピンカーブやら田んぼ道なんかも経験してきましたが、山道を越えて盆地、住宅地、すぐに山道にトンネル…という「街&山地&盆地の合わせ技」の神戸市の地形には本当に感慨深い所がありました。
確かに、神戸の繁華街である三宮も目前に山が迫っており、観光スポットの異人館は小高い丘の上まで登っていくような…。

三木市道中

地元の方の山道運転の手慣れっぷりがハンパないです。


いつか歴史の先生がおっしゃっていた事を思い出したのですが、戦国時代、西日本から中国地方を平定しようとするとやたら時間がかかる大きな理由が「地形」と「地方豪族」の攻略の困難さであるという事。
平野が少なく、山地と盆地を繰り返す近畿からの地理はいかにも進軍に時間がかかり、そして山を越えてようやく集落に出たと思えば、そこには地方豪族がガッツリとスクラムを組んでなかなか拠点制圧を許してはくれません。
いつもは自立心旺盛で地元でブイブイ言わせてる彼ら。相対する二大勢力である織田方と毛利方の両方ともに同盟を結んだり、かと思えば途端に反故にしたり、実にしたたかに戦況を立ち回っておりました。
戦においてはそつがない明智光秀ですらも、中国攻めの緒戦においては見事に返り討ちに合ってるぐらいですので(黒井城の戦い)ココら東播磨一帯を仕切る頭(ヘッド)の別所さんの拠点「三木城」が全然落ちなかったのも中国攻めの難易度の高さを物語っています。


三木合戦

そんな私も地理のレベルの高さにヒイヒイ言いながら(…)無事三木市に到着。
秋も深まり紅葉の季節、途中で寄った「道の駅みき」の売店のお姉さんが「今の時期、紅葉を見るにはドライブが最適よ〜」と教えてくれただけある素晴らしい山間の景色…!
三木市の史跡は神戸電鉄「三木駅〜三木上の丸駅」を基点として広がっている感じですが、やはり少し距離があるので、たくさん回るには車移動が良いようですね。


秀吉本陣跡

三木攻めのマスト史跡の一つ、秀吉本陣跡!

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小高い山の上に陣を張り、南西の三木城を睨む形でドドンと据えられています。比較的登りやすい山で、何より「平井山ノ上付城跡」として史跡としてとても丁寧に整えられているので非常に快適。
訪れる方も多く、歴史巡りの方以外にもウォーキングやハイキングの方々、七五三のお参り帰りであろうお着物やスーツの方々(陣跡にご利益があるのかな…)なんていう様々な方がいらしておりました。

秀吉本陣マップ

史跡のふもとで無料配布してあるマップ。
そうそうたるメンツで三木城を囲み、たっぷり揃えたコマを惜しげもなく配置する秀吉らしい確実な采配ぶり。
近くに竹中半兵衛の陣跡もあったそうですが、時間切れで断念…。次回リベンジ!


対して防御側、秀吉本陣から南西に位置するマスト史跡。
「三木上の丸駅」のちょうど上側に広がる小高い山の居城。

三木城址

東播磨八郡を束ねる若き君主・別所長治の居城、三木城跡!

三木城址地図

敷地内に様々な建物が建ってはいますが、随所に見られる城跡らしいオプション、そして何より眼下に広がる三木市の風景。

三木市風景

まさに三木市を一望!
各地の陣容すら手に取るように分かるだけに、睨み合いのジリジリ感が伝わってくるようです。


織田軍の宿願でもある西日本の制圧。
大軍で侵攻する遠征軍を率いるのは、今をときめく侍大将・羽柴秀吉。
現在の兵庫県にあたる播磨の国の豪族・大名たちはなし崩し的に織田軍に投降する者、なおも抵抗を続ける者、戦局を読もうと策謀する者それぞれでした。
当初は織田方に組していた別所勢、天正6年(1578年)に秀吉が播磨入りしたタイミングで、何と周囲の諸勢力を引き連れて一斉に「反織田」に転じます。
今ここに、三木合戦の火ぶたが切って落とされる…!
拠点制圧戦&籠城戦は二年もの間続きますが、その間にも戦況は目まぐるしく変化していきます。
昨日の敵は今日の友、昨日の友は今日の敵…まさに戦国の縮図のようなとんでもない勢力相関図。

-----------------【突発三木城マンガ(1)】-----------------

0111.jpg

※クリックすると原寸サイズで開きます。
(ちょっと大きいです)
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ヤダ…!長治様イケメンすぎる…!

三木城址にたたずむ、凛々しい騎馬武者然とした別所長治公の銅像。当時22歳だっていうんだからイケメンでも仕方ない(どういう…)
とっても立派なたたずまいで、その前に設置してあった手作り顔出しパネルとセットで良い味出してます。

0108-10.jpg


一つの戦局、一つの選択、ほんの小さな変化が戦場を複雑化し、思いもよらぬ結末を引き起こす。
中国攻めの面白くもあり、そして恐ろしくもある所であるとつくづく感じます。
籠城戦と兵糧攻めという戦法を採った別所長治と羽柴秀吉。次回は(2)として続きの三木市史跡巡り後編をご紹介していきたいと思います!




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